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▽義経千本桜(2段目・鳥居前の場)
▽南山義民の碑(4段目・喜四郎子別れの段)
91年には南会津地方の歴史的事件である南山義民伝を劇化した「南山義民の碑」をほぼ30年ぶりに復活させた。
地元に義太夫を語る竹本藤太夫(平野藤蔵)さんがいて、歌舞伎の存続に貢献した。51年に亡くなってからは、義太夫を語る人がいなくなり、しばらくは上演のつど、村外の人を呼んでいた。60年以降は、テープを使っている。
毎年5月12日の愛宕神社祭礼と、8月18日の鎮守神祭礼(写真1)には、鎮守神境内の常設舞台で奉納芝居として上演している(写真2)。これらは無料である。9月の第1土曜日には観光客向けに有料の檜枝岐歌舞伎を催す。8月の祭りも終わり、尾瀬の紅葉シーズンの前の端境期の観光客誘致に貢献している。例年800人が訪れる。
地元で舞殿(めーでん)と呼ぶカヤ葺き屋根の舞台は明治中頃の建造である。76年に国が重要有形民俗文化財に指定した。鎮守の森に建つこの舞台は農村歌舞伎の雰囲気を盛り上げ、その魅力をさらに増す。
鎮守神境内での公演のときは、民宿や旅館は客の受入れで忙しく、なかなか歌舞伎を楽しめない。そこで、毎年3月末か4月初めには、公民館で村民のための公演を催す。これは、冬季間に集中して行う練習の成果を村民に見てもらう意味

写真1

写真2
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